「私の作品」河島 洋

古九谷廃窯後(1656~約20~40年間)に、1823年加賀大聖寺の豪商、豊田伝右衛門により開窯、屋号吉田屋と称したことから吉田屋窯といわれた。
伝右衛門の文人的才覚と財力、そして卓抜した技と感性を持ち合わせた陶工にたちにより、
古九谷再興を夢見た伝右衛門と共にわずか約8年で、廃業に至るまですぐれた色絵磁器を作り上げた。
吉田屋の特筆すべき事は、古九谷再興に死力を尽くしたが模倣に終始せず、青手古九谷とまた一味違った黄色を主に背景とし、
酒脱で軽快な運筆、そしてすぐれた透明度の深い釉質の高い色釉が見事に融合させている点である。
緑・黄・紫・紺青の四彩、あるいは三彩仕上げてあり赤は皆無に等しい。
群を抜く絵画性も又、魅力の一つである。
私も十数年前より吉田屋の魅力にひかれ、ロクロから上絵まで一貫制作し、素地・杯土・色釉を研究し今日に至っております。
特に釉薬の美しさ、そして卓抜した絵画性に舌を巻くばかりです。
吉田屋様式の伝統をふまえて、新たに自分の感性で捉えた河島吉田屋、平成の吉田屋を、彼らが手掛けなかった絵・型・釉・土に挑みたい。
又、近年加賀黒釉という砂鉄を使った難解な技法に取り組んでいる。
まだまだ我が人生旅の途上というところだ。
私の生涯をかけて取り組むには十二分な魅力を持った色絵磁器である。
本家をおしげもなく割り、窯で焼き返し焼き返し物いわぬ陶片に物を聞く、
作業を繰り返す内に窯の中より答えを出してくれる。
そんな楽しみを感じている。

河島 洋 作品紹介

「私の作品」河島 万璃

身辺の自然物は無尽蔵に思われますが、ひとつひとつの生命の息吹は一瞬のものだと心揺さぶられます。
その形と色と煌めきを、磁器の上に再現できればと思っております。
既存の九谷焼イメージに捉われずに、私の意思と技法で、独自の色絵磁器を目指し続けてています。

概念としては、自然の動植物や現象を「翻訳」するというものです。
写生のままの描写は「直訳」となり、思索の乏しさとデザイン性に欠けてしまいます。
一方で、あまりにデフォルメに偏ると、「意訳」となりすぎて自然の節理を見失うと考えます。
独善は自己満足で軽薄な作品に陥ることを常に肝に銘じなければいけません。

自分の内から湧く感覚を基にして、対象物を解釈し、
美しい色絵に具現化できるかどうかを模索するということです。
目には見えない自然物の魂を、まさに在るかのごとくに捉えるなんて、とても難しい作業です。
それ故、わくわくできる制作でもあるのです。

実践する上では、いわゆる九谷の五彩を基本色として用いていますが、それに加えて、
艶消しのパステルカラー調の釉薬を研究し、多様な表現技術を高めたいと考えています。

工芸作品は、用途を限定しがちですが、私は、工芸美の高さを求めつつも、絵画的要素も強い作品を好んでいます。
その種の工芸作品は、純粋な鑑賞芸術のレベルに達していると感じるからです。
かつ、制作意欲を強く支えるものでもあるからです。

河島 万璃 作品紹介